やなせたかし『やさしいライオン』――アンパンマンの原点にある、愛と別れの物語

その他

子どもたちのヒーロー「アンパンマン」を生み出したやなせたかし

しかし、彼の本質に触れるなら、1960年代の絵本『やさしいライオン』を避けて通ることはできません。

野生の王・ライオンが“やさしさ”を武器に生きようとする――それは、戦中戦後を生きた作者の痛みと祈りから生まれた物語でした。

本記事では、あらすじ、メッセージ、作者の人生観との接点を、大人の読み直しとしてたどります。※ネタバレを含みます。

『やさしいライオン』のあらすじ(ダイジェスト)

子犬に育てられたライオン、ブルブル

サーカスで生まれた子ライオンブルブルは、親とはぐれ、やさしい子犬のムクムクに育てられます。
たがいに種の違いを越え、親子のような温もりを分かち合うふたり。ブルブルは、牙や爪よりも“そばにいること”を覚えていきます。

世界に放り出される、やさしい強さ

やがて環境が変わり、ブルブルはサーカスから離れてひとりぼっちに。
野生の世界で、強さとは何かを問われます。腹を満たすために狩りをする――それは“生きる術”として正しい。けれど彼は、ムクムクに教わったやさしさを捨てたくない。
ブルブルは「たたかわない勇気」を選び、漂流のような日々を歩き出します。

ふたたび出会うために、歩く

「ムクムクに会いたい」という想いが、ブルブルの足を動かします。広い世界で、目印もない再会の旅。それでも彼は歩く。
そして、運命はふたりをもう一度引き寄せます。けれど、物語はそこで簡単に幸福を終わらせはしません。
たしかなが、静かな別れのかたちで描かれる――この結末が、多くの大人の心を震わせます。

やなせたかしが込めたメッセージ――「強さより、やさしさ」

“ヒーロー像”の反転

ライオンは強さの象徴。でもブルブルは、牙を誇示することなく、弱さを抱えたまま生きます。
彼が選ぶのは、勝ち負けではなく「そばにいる」という行為。やなせは、勝者の物語ではなく、弱い誰かのために立つ者を描き続けました。
後年のアンパンマンに続く、やさしさの哲学はここで芽を出しています。

“別れ”は、愛の反証ではない

物語のラストは、甘い救いを残しません。けれど、別れは愛を否定しません。
大切な人と離れることは、愛がなかった証拠ではなく、愛が確かに存在した証。ブルブルとムクムクの関係は、そのことを静かに教えてくれます。

「愛と勇気は友だち」への導線

やなせの名フレーズ「愛と勇気」は、“やさしさを選び続ける勇気”のこと。
目に見える強さより、見えにくい勇気――ブルブルの旅は、私たちにその価値を思い出させます。

なぜ大人が泣いてしまうのか

喪失の手ざわり

子どもにとっては悲しい結末。大人にとっては「人生の質感」そのもの。
会いたい人に会えない夜、言えなかった言葉、間に合わなかった後悔――『やさしいライオン』は、心の奥に眠る痛点にそっと触れます。

名前を呼び合うだけの幸福

ブルブルとムクムクは、特別なことをしていません。
ただ名前を呼び合うだけで、世界はやさしくなる。大人になってから読むと、この当たり前がどれほど尊いかがわかります。

“正しいこと”より“大切なこと”

生きるための正しさ(強くあること)と、心が求める大切さ(やさしくあること)。
どちらも真実。でも、最後に私たちを抱きしめるのはいつもやさしさです。
それを言い切ってくれるのが、この小さな物語。

やなせたかしの人生と『やさしいライオン』

戦争体験が残した空洞

やなせは若き日、戦中戦後の混乱を生きました。飢え、喪失、価値観の崩壊。
「正義とは何か」を問い続けた彼が辿り着いたのが、やさしさを差し出すことでした。
戦場の“強さ”の裏で失われたものを、絵本の“やさしさ”で埋め直す――その試みが『やさしいライオン』に結晶しています。

アンパンマンへの橋渡し

飢えた人に自分の顔(パン)を分け与えるアンパンマン。
彼もまた、負けない勇者ではなく与える勇者です。
ブルブルが選んだ生き方は、のちの長編シリーズに受け継がれ、やなせ作品全体の“心臓”になっていきます。

大人こそ読みたい理由

シンプルな絵と言葉の奥に、人生の厚みが沈んでいます。
子どもに読み聞かせるとき、自分が先に泣いてしまう――それでいい。
涙は、子どもに世界の残酷さを伝えるためではなく、世界のやさしさを信じる力を渡すために流れるのだと思います。

読み返しのヒント――3つの視点で深く味わう

① 音のリズムで読む

朗読すると、やなせの言葉は拍(ビート)を持っています。声に出すと、情景が立ち上がり、感情が追いついてきます。
読み聞かせの際は、早口にならず、語尾を柔らかく残すと、余韻が子どもの心に届きます。

② 余白を読む

画面の空白や、言葉が置かれていない場面は、悲しみではなく呼吸です。
そこでいったん本を閉じ、子どもに「どう思う?」と問いかけると、物語が読者のものになります。

③ 自分の「ムクムク」を思い出す

あなたにとっての“ムクムク”(やさしさを教えてくれた誰か)を思い出してみてください。
名前を口に出すだけで、涙腺がゆるみ、物語と人生が一筋の線でつながるはずです。

やなせたかし先生が描いた絵本 第一回 『やさしいライオン』
フレーベル館出版サイト●やさしいライオンが初めて絵本に登場したのは1969年、月刊保育絵本「キンダーおはなしえほん」です。みなしごライオン・ブルブルと育ての親となっためす犬・ムクムク親子の愛情、人間の銃...

まとめ――泣けるのは、希望があるから

『やさしいライオン』は、悲しみを語りながら、絶望を教えません。
たしかな別れを描きつつ、やさしさが人を生かすという希望を、静かに置いていきます。
大人になって痛みを知った私たちは、この物語の光の部分をこそ受け取る準備ができています。
だから――泣けるのです。涙の底に、やさしさの温度が残るから。

※本記事は作品の内容を要約・考察したレビュー記事です。本文の引用は最小限に留め、著作権・出典に配慮しています。
読み方や感じ方は読者それぞれの自由――あなた自身の『やさしいライオン』を、ぜひ見つけてください。

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